勉強と生活そして孤独

勉強ってなんでするんだろう?そもそも中学生になった時点でみんな同じ学生服を着て、同じ机に座ってチャイムに従って生活を繰り替えさえなければならないのだろう?そんな疑問をだれしもが考えたことがあるだろう。
明確な答えは僕も出せないけれども集団で生活するという一つの大人へのステップだと思う。規律はとても大切だと思う。周りと同じ格好、行動をして一定の規律を守る。これは社会に出ても必要なことで出勤時刻を守る、身だしなみを守る、個性を出さずに周りに合わせれば規律を守るのは簡単なのである。社会はそれを必要としている。
極端に言えば引きこもりや不登校といった問題は家庭内の問題もあるかもしれないけれど一種の個性の形だと思う。周りに合わせる事無く自分だけの世界に閉じこもっていればよいのである。
教科書といった共通の勉強をしなくても小説、映画、漫画など社会の枠組みから外れた知識を得ればそれなりの知識や自分の考えなどを得られる気がする。
人間性から言えば後者の方がよっぽど素晴らしいんじゃないかと簡単に思ってしまうがそれも社会という枠組みの中で役立つものと僕は考える。
勉強は人に対する思いやりややさしさなんてものは教えてくれない。自分がその人の立場になってやっとその人の苦悩や考えを知ることができる。
先程書いた社会の枠組みから外れた物はその疑似体験みたいな物を与えてくれる。これはとても孤独だと思う。勉強はみんなといっしょのことをしてるいるのだから本当の孤独とはいえないのじゃないだろうか。
社会に真っすぐに立ち向かい、孤独を抱えながら生活することは特別なものではなく皆、当たり前にしていることかもしれない。
人の孤独と向き合ったとき、言葉程無力なものはないと思う。何もかもが闇に包まれて意味を失って行くように感じる。社会で生きる事はある意味、とても孤独なもなのかもしれない。
学校の勉強も大切だと思うけれど、その枠から外れた一種の「異常」を感じることも必要なことかもしれない。孤独こそが生きる意味といったら大げさかもしれないがそのように感じるのだ。
もうそろそろ受験シーズンに入ろうとしているけれどやりたいことが見えてる人、またそうでない人も勉強を頑張って欲しいと思う。僕は大学を中退してしまった人なんだけれども、それまでのプロセスは無駄ではなかったと思います。いろんな人に支えてもらっていたのだから。
勉強という無意味に見えるものも自分に対して意味を持つようにしよう。そこからはじめてみよう。

ライター:lomo98

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