モントリオール若葉マーク(5)銀行強盗

その日の朝、目を覚ますと10時すぎで、フランス語の授業に大遅刻だ。あわててバスルームに行く途中に、リビングルームの薄いカーテンから透けて見えた表の様子が、何か尋常ではなかった。私の住まいであるベースメントの、地上に出た部分についている左側の小窓に、拳銃を握った手と、彼のしゃがんだ迷彩ズボンの下半身がはりついている。真ん中の窓の前の木の陰では、防弾チョッキ姿の2人が、拳銃を右方向に向かって構えている。他にもポリス達が大勢、銃を構えたまま、トトトっと走って来たり、行ったり。

アクション映画の撮影かなと思いながら、右の小窓から覗くと、パトカーが家のドライブウエイに2台入っていて、表の道にも何台もとまっていた。撮影隊どころか、戦術部隊がショットガンを用意している。なんかやばい。

真ん中のカーテンを開けて、木の陰で銃を構えている2人に手を振ってみた。そのうちの1人が気付いてくれたが、窓越しで声は届かない。彼女が窓から離れろというジェスチャーを、怖い顔でする。携帯とお財布だけ持って外に出ようと、ベットルームに戻ると、そこの小窓の向こう側にも、何人ものポリスが銃を構えている。その小窓はスライド式で開けられたので、
「すいません、いったい何が起こっているのでしょうか?」
と、そこのポリス達に聞いてみた。そのうちの1人が、険しい表情のまま、窓から離れろというジェスチャーを送ってくるだけだ。
「事情がわからないと、どうしていいかわからないのですが。」
と、私も窓に内側からはりついていたら、1人のポリスがやっと説明してくれた。
「今、隣りの銀行に武装した強盗が入っている。窓から一番遠い部屋に隠れていなさい。」

えっ、銀行強盗!? 事情を聞いても、初めての事で、どうしていいのかわからない。とりあえず窓から一番遠いバスルームから、フランス語のクラスをとっている教会に電話をして、今日は銀行強盗のために授業を欠席する旨を留守番電話に入れた。

「トントン!」
誰かが入口のドアを叩いてビクっとしたら、同じベースメントの隣りのユニットに住むテイラだった。彼女が私に聞く。
「どうなってるの?ポリスが外に出させてくれないのよ。」
「隣りで銀行強盗だって。」
「ヘー。あなたのところ、他に出口ない?バイトに遅れちゃう。」
「うちの窓から出ても、ポリスに止められるわよ。」
「フーン。じゃ、バイト行けないって、電話するしかないか。」
と、彼女は何事もなかったように自分のユニットに戻る。

お昼過ぎになって突然、一般人と一般車がいっせいに窓の前の道を通り始めた。ラジオの交通情報で、封鎖されていた道路は開いたが、強盗犯人は逃げたと知る。外に出てみると、ポリスもパトカーもきれいにいなくなっていた。

その日の夕方、知り合いの家に行った時、彼は心配してくれてただろうと思ったら、ニュースを聞いてもいなかった。そして、
「ここの隣りの銀行も、2年くらい前に強盗が入ったよ。」
と、まるでお天気の話をしているみたいに教えてくれるのだ。

次の日、地元の新聞にさえ簡単な記事が載ってるだけで、犯人の武器が何であったのか、いくら奪って逃げたのかも、さだかでない。誰も負傷しなかった事は書いてあった。

モントリオールは銀行強盗のメッカらしい。私の窓からは大騒動に見えた銀行強盗事件は、特に盛り上がりもしないまま、3日も経たずに古いニュースとなった。

ライター:An Kanata

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